人生道中膝栗毛

料理を作るのが好きな主夫みたいな体育学部の大学生です。

大人の流儀

柔道部を辞める為に私は自分の人脈をフルに活用した。

その時に費やした2週間は、私にとって長く短い時間であった。

 

そのことについて書いていこうと思う。

 

 

 

 

 柔道を辞めるにあたって一番私が悩んだのは、

監督と衝突を避けたいということただ1つ。

 

無事に退部をするということだけ。

 

歴代の先輩は退部すると伝えた際、

なにかと監督と一悶着があった。

 

私としては何としてもそれは避けたかった。

 

ちなみに退部というのはプランBなのであった。

 

元々プランAとして休部をしてとりあえず籍だけ置いておく、

ということを計画していた。

 

しかし、色々な人の話を聞くと休部等を監督に告げると、

主務補佐という役割を提案されて徹底的に雑務をさせられるということだった。

 

いわば奴隷になるということだ。

そこについたら自分の時間すらほとんどないということだった。

 

それを聞いて、最初に監督に休部できないかと打診して上手くいけば休部して、

無理だったらとりあえずもう少し考えるとしてその場を終えるということ。

そして、再び行くときは退部をすると伝えるということにした。

 

けれども、私と両親と考えた結果と伝えても監督に上手く丸められて、

雑務に回される可能性もある。

 

監督は柔道選手をスカウトするくらいなのだから口だけはプロだ。

もう一度言う、口だけはプロ。

 

そんな強い相手に対して勝つ為にはどうするべきか。

私が考えたのは監督より強い人物を味方につけること。

 

その為にゼミの先生と顧問の先生のところへ行った。

 

2人とも学長補佐で大学でも上の立場にいてかつ、

監督としても敵対したくない2人であるので、

私にとってこれ以上ない人達なのだった。

 

実際に辞めると監督に伝えたとき、

その2人にも相談した結果と伝えたら唖然としていた。

 

その人たちがバックにいたからスムーズにいったと言っても過言ではない。

 

ゼミの先生にせよ、顧問の先生にせよ、

喋るきっかけは授業やトレーニング場とかだった。

 

授業も前で受けていたらいつの間にか顔を覚えてもらって、

レーニング場で毎日トレーニングをしていたら覚えてもらった。

 

私にとっては当たり前の生活をしていただけだが、

それが功を奏して、今回とても心強い助っ人になってくれたわけだ。

 

今回の件で、賢い選択ということを学べた。

喧嘩という子供みたいなことを避けたのだから。

 

人生は何があるかわからない。

 

私の柔道の選手人生は終わったが、

あくまでそれは通過点。

 

いつか来るものが少し早く来ただけ。

 

私の人生はここからかもしれない。

 

さぁ上むいて生きていこう。

 

ではでは。